風に降る星





さらさらと風が鳴る。 星の光だけが瞬く屋上に、シエラは現れた。 月も落ちた。 起きているのは、きっと自分だけ・・・。 「なんじゃ、おぬしもまだ眠っておらなんだか」 「ああ・・・」 「妾は邪魔か」 「いや、俺の方こそ邪魔だろう」 「おぬしは静かな男じゃから、ここにいても良いぞ」 シエラは、微笑みを浮かべて言う。 「ご機嫌なんだな」 「そうか・・・そうかもな。ちいと、酔っておるかもな」 「ビクトールが来てたんだろ」 「そうじゃ、あやつ、妾の部屋で酔い潰れておるわ」 「すまないな、迷惑かけて。  でも、あんたでなきゃ話せないことがあるのさ」 「妾にだけ・・・か」 「ああ、俺や他の人間じゃ、駄目なんだよ」 「妾は人間ではないからの」 「そう言う意味で言ったんじゃないって」 シエラは手すりに頬杖をつく。 「分かっておるがの・・・」 「まぁ、聞かされる立場としては、あまり気分のいいもんでもないだろうけどな」 フリックは手すりに背中を預け、星だけの夜空を見上げた。 「人の愚痴に付き合って、自分まで消耗してしまうほど、妾はヤワではないぞ」 「でも、ビクトールがあんたのところへ行くのは  あんたがあいつの気持ちを受け止めているからだろ」 「何じゃ、それは。そんな気色の悪いことはしとらんぞ」 シエラは、フリックを軽く睨んだ。 「ははは、相手なんかしないフリして、付き合ってやってるんだろう。  じゃなきゃ、あいつ、連日あんたの邪魔したりしないって。  結構、気をつかう奴なんだぜ?知ってるだろ」 「確かに。あやつのあの風体に似合わずな・・・」 「いつも黙って、平気なフリして・・・。  弱音を吐くのは、いつだって俺の方さ」 「黙っているから、強い人間だというわけでもない。  口に出してしまえば楽になれる。  救われる場合だってある」 「そうだな・・・」 「おぬしらは・・・」 お前たちは、黙ったまま、救われることを拒否しておるのではないか・・・ 「・・・腐れ縁とは、よう言うたものじゃ。」 「ん?何か言ったか」 「いや・・・何でもない」 フリックは空を、シエラは地上を見つめながら、言葉を紡ぐ。 「人は、人によってしか救えぬのじゃ」 「ああ、分かるよ。  自分で自分は救えない」 「あやつは、自分でどうにかしようとあがいておる」 「俺には、あんたもそう見えるけど」 「戯れ言を・・・おぬしのような若造に何が分かる」 「俺は、2度と手に入れられないものをなくしてしまった。  いつの間にか、その傷は癒されてきてる。  それでも、失った跡を決して埋めることはできない」 「ふん・・・人が妾よりも先に逝ってしまうことには、もう慣れたわ」 「ビクトールも言ったな。  人間誰しもいつかは死ぬんだから、ってな。  でも、それで気持ちが楽になるわけじゃない」 「妾の弱音を聞きたいのか?500年早いわ」 「そういう訳でもないんだが  ただ、ビクトールが世話かけたみたいだから  まぁ、そのお返しに・・・」 「ほんに、腐れ縁とは・・・」 シエラの言葉は途切れた。 ふわりと肩にかかる温かさ。 「何じゃ」 「いや、あんた、その恰好はいくらなんでも寒そうだから」 何も羽織らずにきていたシエラに、フリックは自分の上着を掛けた。 「俺はもう消えるよ。邪魔して悪かった」 「あの熊を拾って帰るのを忘れるなよ!」 階段の入り口へ向かう後ろ姿に、シエラは声を飛ばした。 「妾は寒さなど感じぬのじゃ・・・」 掛けられた上着を、それでもそのまま羽織ったまま、シエラは呟いた。 −これだから・・・− どれほどの痛みを感じれば、心はその働きを止めるのだろう。 何度涙を枯らせば、心は壊れるのだろう。 ただ、傷つき壊れかけた心は、こんな時に、一瞬本来の姿を取り戻す。 たとえ、すぐにまた傷つこうとも。 心が、何かで満たされる。 「妾もまだまだ甘いな・・・」 大きく伸びをしたシエラに、夜風が吹き付け、フリックの上着が飛んだ。 fin.







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