迷いの森 「参ったな・・・」 フリックはぼやいた。 ここは、迷いの森と呼ばれる森の中。 鬱蒼とした木々、日の光はぼんやりとしか射し込んでこない。 「ううん・・・」 フリックは、一本の大きな木の幹を背もたれにして座っていた。 その傍らに眠っているのは、彼の主である少年。 「なぁ、早く目を覚ましてくれよ」 それでも、フリックは少年を起こさないように、小声でつぶやいた。 今まで、無理しすぎたんだろう・・・。 戦闘途中でばったりと倒れてしまった。 さいわい、小物のモンスターばかりだったから、倒すのはたやすいことだったが その後に踏み込んだこの森がやっかいであった。 他の4人は、これから向かうはずであった村へと一足先に到着した頃だろう。 フリックはいったん城へ戻るはずであった。 瞬きの手鏡を使って。 しかし、皆と別れてから、さて、瞬きの手鏡は・・・と主のポケットを探しても見つからない。 「おいおい・・・、もしや忘れてきたんじゃないだろうな・・・」 死んだように眠っている少年を起こすわけにもゆかず フリックは、少年をおぶって、城へと戻る道を歩き始めた。 問題は、行きも通ってきた道であったが、この迷いの森である。 行き道は、道案内としてウィングボードのチャコがいた。 彼がたびたび空中から行く先を見いだしてくれたからこそ それほど大きくはないとはいえ、この森を抜けることができたのだ。 一度通った道だから・・・、そう思ったフリックは甘かった。 10分もしないうちに、もう見知らぬ景色の中にいた。 ここで人をおぶったまま歩き回るのは得策ではないと考えたフリックは 近くにあった大樹の根本に腰を下ろしたのだった。 「静かなところだな」 眠っている少年に向かって、声を落としたまま話しかける。 「お前達の故郷も、こんな風に静かで平和なところだったんだろ。ナナミが言ってたよ。  俺とビクトールが行ったときは、王国軍の兵隊達が大勢いて、物騒な雰囲気しか感じなかったけどさ」     「俺は、お前を2度も助けてやったんだからな」 1度目は川から流されてきたとき、2度目は故郷の村で処刑されそうになったとき。 「少しは、感謝してくれよ、と言いたいところだけど・・・」 そう、その後、自分たちが彼や、彼の姉、そして友人にやらせたことを考えれば そんなこと言える立場でないことは重々承知している。   「すまないな、大変なことにまきこんじまって」 面と向かっては言えない言葉。 なぜなら、リーダーとして皆を率いてゆくことを選んだ少年の意志を、それは汚してしまう言葉だから。 時々、この少年の、鋭い、澄んだ、冷たいとまで言えるような瞳に、驚かされることがある。 戦いの場面で最終的な決断を下すとき、敵の首領を倒すとき。 混乱した戦場で、逃げまどう敵兵に剣を振り下ろさなければならないときがある。 命乞いをする敵の親玉に、とどめを刺さねばならないときがある。 そんなとき、俺達の制止を聞かずに、自ら手を下す彼。 この少年の中で、リーダーとしての決意がこれほどまでに悲壮なものになっていたとは、フリックは思っていなかった。 「なぁ、この戦いが終わったら、お前は何をしたい?」 目を閉じたままの少年の頭を、フリックはそっとなでた。 「お前はまだこれから何でもできる。何にだってなれる。  戦いが終わったら、お前は自由だ。  もし、あの軍師殿が、お前を必要だって言っても、俺がお前とナナミを故郷の村まで  他に行きたいところがあればどこにだって、連れていってやるからな・・・」 それが、せめてもの罪滅ぼし。 そして、それで、この少年の笑顔が、昔のような笑顔に戻るなら・・・。   「・・・ほんとですか?」 目を閉じたままの少年が言った。 「僕、フリックさんの故郷に行ってみたいなぁ。  フリックさんてば、昔村を出たっきり戻ってないんでしょ。  ええと、確か、成人の儀式だとか何とかで。  フリックさんがいまいち大人になりきれないのは、そのせいだってビクトールさんが言ってましたよ」 「お前・・・起きてたのか・・・」 「瞬きの手鏡は、実はぼるがんの持ってた袋の中に入れちゃったんですよ。  あれって、結構ポケットの中でかさばるから。  ぼるがんが気付いてくれて、どうにかしてくれてるといいけど・・・」 「いつから起きてたんだ・・・」  「ま、僕も道忘れちゃったし、気長に待ちましょ」 「森にはいる前に、言ってくれたっていいじゃないか・・・」 「フリックさんが僕のポケットを探っているのに気付いたけど、意識もうろうとしてたから。  もしかしたら僕、フリックさんに襲われるのかな・・・と考えちゃいましたよ」 「なっ、何言ってるんだ?!子供のくせして!!」 少年は、閉じていた目を開き、横たわったまま、森の木々に遮られてほとんど見えない空を見上げた。 「ねぇ、フリックさん・・・。フリックさんが謝んないでくださいよ・・・」 「僕のやらなきゃいけないことが、ものすごく大変なことみたいじゃないですか・・・」 少年は静かに続けた。 「時々、恐くなるんです。僕の力は、僕の持ってる本当の力はとても小さなものなのに  みんな、紋章の力を僕の力と勘違いしてるんじゃないかって」 一つ息を吸い込んだ。 今まで言えなかった言葉を、吐き出す。 「僕のできることなんて・・・できることなんて、何もない・・・・・・」 こみ上げてくるものは、空を見上げる少年の瞳から溢れそうになっていた。 「いいじゃないか、勘違いさせておけよ」 フリックはその顔を見ないようにして、言った。   「戦いが終わるまでの辛抱だ。それまでは、みんなに信じさせてやれよ」 「・・・それくらい、いいだろ」 それくらいなんてものじゃない、そんな簡単なことじゃない、それは分かってる・・・。 でも、ここにいるのは、同盟軍のリーダー。 彼の主。 「見られてるときだけ、しゃんとしてりゃいいんだ。  後は、あの軍師殿がちゃんとやってくれる。簡単なことだろ」 フリックは視線を外したまま、まっすぐ前を見て言った。 「お前なら、できる」 「フリックさんってば、お気楽なこと言って・・・」 それでも少年の顔には笑顔が浮かんでいた。 起き上がって、体についた草や枯れ葉を払う。 「立派なリーダーに見えます?」 「いや、まだまだだな」 フリックも立ち上がる。   「道、分かりませんよ」 「ああ、そうだったな」 「待ちましょうよ、きっと迎えが来ますよ。なんてったって、僕は、大切な同盟軍のリーダーなんだから」 「ああ、お前の言う通りだ」 「それに、傭兵隊随一の使い手である”青雷”のフリックさんも一緒なんだから」 「・・・それも、ビクトールに聞いたな・・・」   「いろいろ知ってますからね・・・」 いたずらっぽく笑う。 「なんてこった、ビクトールの奴・・・」 「フリックさんって、ほんとに可愛いですねぇ」 「大人をからかうな!」 「あーーーーーー、当ったりぃ!!」 「大丈夫?大丈夫だった?どっか痛いところない?」 「すごいでしょ、ナナミちゃん。わたしのテレポート、ちゃんと当たったでしょ」   「ね、怪我とかしてない?ほんとに平気?ほんとにすごく心配したんだから!」 その後、迷子になっていた2人は、村に着いたパーティから連絡を受け迎えに来た、ビッキーとナナミによって 無事、城に戻れたのだった。      fin.




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