背中 「ナナミっ、危ない!!」 それは一瞬の出来事。 ふと、道端の花に目がいった。戦いの真っ最中に。  緊張が解ける。 隙ができる。 気がつくと、視界が青に染まっていた。 「え?」 動けなかった。 すごい力で突き飛ばされる。 「馬鹿野郎!」 受け止めてくれたビクトールさんが、いつもとは全然違う表情をしていた。 「何やってる!!」 「ご、ごめんなさ・・・」 誰もわたしの言葉を聞いていなかった。 わたしだけ、戦いの円陣の中で、ひとり立ちつくしていた・・・。 「大丈夫?フリックさん」 「ああ、これくらい平気だ」 「ま、この程度の傷はツバつけときゃ治るわな」 「お前と一緒にするな、ビクトール」 「帰ったら、ちゃんとホウアン先生のところ行ってくださいね。  テッサイさんところは後ですよ」 「刃こぼれしちまったし、早く持っていきたいんだがな・・・」 「子供みたいなこと言わない。リーダーの言うことは聞くこと!」 「分かったよ」 「じゃー、星辰剣、俺らが先に行かせてもらおうぜ」 「扱いが悪いと大変だな」 「お主もそう思うか、こやつ、やりたい放題やりおるでのぅ・・・」 「だとよ、ビクトール。ちゃんと聞いとけ」 「うるさい。大体剣の分際で持ち主に文句を言うな」 「私をそこらの剣と一緒にするというのか・・・」 「おい、ビクトール、星辰剣を怒らすな」 「あ、あの・・・、フリックさん、怪我したんですか?」 「・・・・・・」 いつも無口なクライブさんに、思い切って話しかけてみたけれど 答えは返ってこなかった。 「君のせいだよ」 分かってたけど、その言葉は胸に痛い。 「君がぼけっとしてるから、フリックは君をかばって怪我した」 「フリックさんの怪我大丈夫かな?ルックさん・・・」 「自分で聞けば?」 戦闘が終わって、瞬きの手鏡で城へ戻ってきた。 広間からそれぞれの場所へ向かう。 数歩先を歩く前の集団には、とても話しかけられなかった。 あの時、思いっきり突き飛ばされた。 「馬鹿野郎」って、怒鳴られた。 自分が悪いんだって、分かってる。 謝らなきゃいけないって、さっきからずーっと思ってる。 「ごめんなさい。ルックさん、クライブさん」 「二度とあんなことしないでくれる」 「ごめんなさい」 「みんな迷惑するから」 「・・・・・・」 「はい」 泣いちゃいけない。悪いのはわたしなんだから。 ルックさんの言うとおりなんだから。 「ナナミ」 「なっ、何?」 振り向いて言われた。 「しばらく、パーティから外すよ。いいね」 「ごめん・・・」 「僕はいいけど、フリックさんとビクトールさんにちゃんと謝っときなよ」 「うん」 その2人は、もう姿を消してしまっていた。 「ナナミちゃん!フリックさんが怪我したって本当?!」 「うん」 すごい勢いでニナちゃんが駆け寄ってきた。 「どんな具合なの?ひどいの?大丈夫なの?今、医務室?」 「うん、ホウアン先生のところで・・・」 「そう、じゃあね!」 ごめんね、わたしのせいなの・・・ 呟くように言ってみた。 もう聞こえないと、分かっているのに。 「ビクトールさん、いる?」 ドアをノックした。 「何だ?ナナミ」 部屋の中から声が聞こえた。 「さっきはごめんなさい」 面と向かって言う勇気が出なかった。 −馬鹿野郎− その通りだ。 恥ずかしくて、とても顔なんか見ることが出来ない。 ドアが開いた。 「皆無事だった。だから、もういい」 「ごめんなさい」 「もう謝らなくていい。ただ、この次は無いかもしれない。  それだけは覚えておくんだ」 「はい」 「やけに素直じゃないか。ところで、フリックのとこには行ったのか?」 「まだ・・・」 「そんなしおれた顔で行くんじゃないぞ。それに、謝るんじゃなくて、礼を言ってやれ」 ビクトールさんは、わたしの頭をくしゃくしゃにした。 フリックさんは、医務室にはもういなかった。 「先生、フリックさんの怪我は?」 「大丈夫、あれくらいの怪我は、あの人にとってはしょっちゅうやってる程度のものでしょう」 「でも、痛いでしょ?」 「それはね。  痛くない傷などありません」 「痛み止めは?」 「いらないって言ってました。怪我よりも剣の方を心配してましたね」 「じゃ、今は鍛冶屋さんに行ってるのかな・・・」 「多分、もうお部屋の方に戻ったのではないでしょうか。  同じようにニナさんが言って、飛び出して行ってからだいぶ経ちますから」 「そうですか・・・。ありがとうございます、先生」 「いえ、どういたしまして」 わたしは、フリックさんの部屋へと向かった。 ドアをノックする。 ・・・返事がない。 もう一度。 「悪いが、今忙しいんだ。後にしてくれ」 その言葉に、わたしは怖じ気づく。 でも、ここでやめてしまったら、もう二度と言えなくなる。 「フリックさん、ちょっとだけ・・・いいですか?」 「何だ、ナナミか、入っていいぞ」 緊張したまま部屋に入ると、椅子に腰掛けたフリックさんの後ろ姿が目に入った。 右腕に巻かれた包帯。 背もたれにかけられた上着の袖の部分には血がたくさん付いていた。 心臓がぎゅっと締め付けられる。 「すまない、今、ちょっと手が放せないんだ」 フリックさんは、大切な剣を傷ついた腕に持って、わたしに背を向けている。 「フリックさん、さっきはありがとう・・・」 「もう、あんなことするなよ」 「ごめんなさい」 「いいんだ、お前が無事なら」 「でも、わたしのせいで、フリックさんが怪我しちゃった・・・」 「俺のことなんかどうでもいいんだ。これくらいの傷どうってことない。  でも、お前には、お前のことを大事に思っている人がたくさんいるだろう。だから・・・」 「フリックさんだって、とても大切な人だよ!」 思わず声が大きくなってしまった。 そう、このお城の人たちにとって、そして、何よりわたしにとって。 「俺は・・・一番守りたかったものを守れなかったからな・・・」 独り言のようにフリックさんは言った。 「お前は、お前のことを思ってくれている人のためにも生きなきゃいけない。  怪我したり、傷ついたりしちゃいけない」 「フリックさん・・・」 きっと、あなたは、優しく微笑みながら、そんな悲しいことを言ってる。 「フリックさんだって、怪我したりしちゃだめだよ。  いつも元気でいなきゃだめ・・・」 フリックさんの背中に、わたしは、抱きついていた。 「お願いだから、どうでもいいとか言ったりしないで。  わたし、フリックさんのこととても大切に思っているんだから」 「ありがとう、ナナミ」 顔をつけたフリックさんの首が温かくて、髪の毛が柔らかで とても心が熱くなった。 大好き・・・ どれだけそう思ったら、フリックさん、あなたは笑ってくれるかな。 悲しさの欠片もない笑顔を見せてくれるかな。 わたしは、いつまでも、フリックさんに回した腕を外すことが出来なかった。 fin.




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