その人は、女子テニス部の副部長で、派手目の美人部長に比べて
地味でしっかり者というのが、まわりの評価だった。



「日吉っ!」

(まただ・・・)

「これ、跡部に渡しておいて」

「嫌です、自分で渡してください」

「うーん、日吉のいけずぅ・・・」

(ちびまる子ちゃんか)

「なんでいつも俺に頼むんですか?」

「何度も言うように、跡部は怖いから苦手なのです」

「跡部さんは、別に怒ってるわけじゃなくて、あの顔が通常モードなんです」

「いっつも眉間にシワが寄ってるから、イヤ」

「じゃあ他の3年、忍足さんとか宍戸さんとかに渡せばいいでしょう」

「イ・ヤ・だ!あんな派手な人たちに関わりたくない」

(俺は・・・?)

「なら、次からは俺じゃなく鳳にしてください」

「イヤよぅ!鳳くんはやたらキラキラしてて、傍に寄ることができない」

(俺はキラキラしてないってことか?)

「・・・・・・とにかく、今回までですよ、もうやりません」

「ありがとう日吉!大好き!!」

にっこりと笑う彼女の顔はまるで幼稚園児のようで
俺はがっくりと力が抜けた。






「跡部さん、これ、女子テニス部に渡してくれるよう頼まれました」

「アーン・・・他校との練習試合・・・に見せかけた合コン?
 女テニの奴ら何考えてやがんだ」

「なんやなんや?合コンやて?」

こんな内容だったなんて、くだらなすぎて頭痛がしてくる。

「女テニの部長、べっぴんさんやからなぁ・・・。
 ええんとちゃう?俺らもメンツ集めてあげたらんと」

忍足さんがやけに張り切りだす。

馬鹿馬鹿しい。
こんなことに関わるなんて、先輩も大概くだらない人間だ。

「日吉、なんや、その苦虫噛み潰したような顔は」

「別に」

「くだらんと思てるやろ、自分。堅物やからなぁ日吉は」

ニヤニヤしながら忍足さんは俺を見る。

アンタのその下品な表情が嫌いだ。

先輩は、そんな人だと思ってなかった。

日頃から、学園の超有名人である男子テニス部レギュラーとは距離を置き
とび抜けて上手くないが、黙々とテニスの練習をし
副部長という、人が好すぎて押し付けられたであろうその役割を
不器用ながらこなしているその姿は、俺にとっては、好感を持てるものだったのに。

見た目の感じからか、先輩はしっかり者というイメージがついているが
実際はけっこうあわて者のおっちょこちょいだった。

俺が先輩を見る時は、いつもどこかにぶつかっているか引っかかっているかしていた。

(部室や教室のあらゆるドアにぶつかっている、この間職員室で見かけた時は
 教師の机の引き出しにスカートを挟んでいた、どうやったらそんなことができるんだろう)

だから、いつだって青あざができていた。

見たくなくても、スコートから見える脚に、気が付いてしまう。

見たくなくても、いつ転ぶんじゃないかと気になって、見てしまう。

俺が見ていることに気付いて、先輩が手を振ってくると目を逸らしてしまう。

俺は、アンタなんか見たくないんだ。

苦々しい思いが浮かんでくる。

レギュラーになって間もない頃、先輩に関する噂を聞いた。

鳳から聞いたものだった。

「忍足さん、女子テニス部の副部長と一時期付き合っていたんだって」

その時は意外に思った。

あまり目立たない感じの人だったので、あの忍足さんと二人でいるところが想像し難かった。

その時は、先輩のことをよく知らなかったし。

そのうち、男子テニス部に用事がある時には、なぜか俺が呼ばれるようになり
先輩のことを少しずつ知ってゆくうちに
ますます、この人が忍足さんと付き合っていたなんて信じられなくなった。

忍足さんとこの人は合わない、と思う。

どうして、忍足さんなんかと付き合っていたんですか?

そう聞いてみたい気がした。

でも、聞いてどうなるものでもないので、聞かなかった。

先輩を見るたびに、胸に何かつかえているような気分を味わいながら
季節は過ぎてゆき、関東大会、全国大会が終わり、3年生は引退した。






「日吉!」

吐く息が白い。

「久しぶり!」

先輩は鼻を赤くしながら俺に駈け寄ってきた。

確かに面と向かって話すのは久しぶりだったが
俺は校内のあちこちで先輩の姿を見かけていた。

やっぱりどこかにぶつかったり引っかかったりしていた。

「・・・お久しぶりです」

「どう?テニス部は?」

「まぁまぁです」

「少し痩せた?っていうか、やつれた?」

俺は黙った。

「大変でしょう、部長さんは」

先輩は俺を見上げながら言った。

その言葉の響きは優しくて、俺は少し胸が痛くなった。

「頑張っている日吉に、これをあげよう」

ごそごそとカバンを探って、赤い物体を取り出す。

「なんですか?」

「日吉って・・・どうしてそんな憮然とした顔してるの。
 これは、バレンタインのチョコです」

赤い物体はリボンが結ばれた小さな包み。

俺はそれをじっと凝視した。

「14日は土曜日で渡せないから、今日あげるね」

そういえば、去年は部室が甘い匂いで充満して気分が悪くなった。

「あのー・・・受け取ってよ」

先輩は困った顔をしていた。

俺はあわててそれを受け取る。

「・・・ありがとうございます」

先輩はいつものようににっこりと笑った。

「日吉は黙ってひとりで頑張る子だから、たまには甘いものでも食べて休みなさい」

「俺、甘いもの嫌いです」

言ってしまってから、しまったと思った。

でも

先輩は笑い出した。

「日吉ったら、正直だね」

「すみません」

「でも、ひとつくらいは食べてよね」

「はい」

それから、言葉が続かなくなった。

先輩は黙って、少し考えるような様子をしていた。

俺は、なにか言おうと思った。

そうしたら、先輩は突然

「日吉のこと、大好きだな」

そう言った。

それから、ぱっと身を翻して俺から離れる。

「じゃあね!」

少し離れた場所で、先輩は振り返って俺に手を振った。

俺は、振り返さなかった。

先輩の言葉が理解できなくて、ぼんやりとする頭で立ち尽くしていた。

もらったチョコレートの包みを持つ手が汗ばんでいた。

冬なのに。

コートの中の身体が熱くなった。

先輩!」

俺は、先輩を追いかけて走り出した。

足を引っかけもつれさせて、転びそうになりながら。






end.



モドル