梅雨明空








梅雨は明けたのに、空だって今日は本当に青いのに、雲はあんなに白いのに、 今日誕生日を迎えたこの隣の男はどんよりと曇っていた。

まぁ、だいたい、いつも何考えているかわかんない無表情で不気味な顔をしているんだけど、わたしは知っている。

この男ってば、心の中はでーじぃ繊細なんだから。

「ねーえ、知念・・・」

あーあ、目の下の隈が、いつもよりもやけにはっきりくっきりしているのは、日差しが明る過ぎるせいだけではないんだろうな。

「やー・・・梅雨明けしたっていうのに、どうしてそんなに湿っぽいかね・・・」

わたしはため息と共に、これから知念が繰り出すであろう愚痴に付き合う覚悟をした。

仕方がない、今日は知念の誕生日なんだから。

「あい・・・」

「ほんとに、じめじめしてる梅雨が似合ってるさ、やーは。さすが6月生まれ」

「毎年、俺の誕生日あたりは大体梅雨明けしてるさぁ」

「ふん」

顔は置いといて、知念の声はとても素敵だと思う。
目を瞑って聞くと、惚れてしまいそうだ、本人に言ったことはないけど。

「梅雨明けして、空も海もでーじ青くて・・・」

何を言ってるんだ、この男は。

本当に言いたいことを言い出すきっかけがつかめなくて、わじわじしてる。
思い切り悪いくせに、たんちゃーなんだから。

「誕生日おめでとう」

「・・・にふぇーでーびる」

「って、平古場くんに言ってもらってないんでしょ」

「がっ!!!」

図星のようだ。

「そうかぁ、やーは3月3日、12時ジャストに電話しようとして、さすがにそれは男同士どうかと思い、 寝ていたわたしに相談の電話をしてきて、わたしが眠くて相手しなかったらキレて電話を切って、 それから、キレたことを後悔するわ、平古場くんに電話しなかったことを後悔するわで、悶々とするうちに夜が明けてしまった−という過去を持つ奴だもんねぇ」

「やめろ」

声が小さいですよ、震えてますよ、知念くん。

「凛くんは・・・忘れてるのかな」

「さあねぇ」

あーあ、その大きな手の平で、自分の顔をすっぽり覆ってうつむいてしまった。

なんなのさ、その乙女な動作。

「いいじゃん、やーはいつも部活で平古場くんと一緒にいられるんだから」

「よくないさー」

「それ以上を望むなんて、知念はじまま」

「・・・・・・・・・」

ほら、そこで黙り込む。
反論があるなら言えばいいのに、じっと黙って不満を表すなんて、卑怯だ。









知念は平古場凛のことが好き。

そんなこと、わたしはちっとも気が付いていなかった。

知念と平古場凛とは小学校から一緒で、別に特別仲良しと言うわけでもなかったけれど、 中学に上がってからすぐ、顔見知りがあまりいなくて不安な期間、少しだけ一緒にいたりした。

もっぱらわたしは平古場くんとばかり喋っていたけど。

知念とは2年から同じクラスだ。

とはいえ、あんな外見の知念にあんまり積極的に話しかけようとは思わなかったし、(嫌な奴だとは思っていなかったけれど、よくわかんない奴だとは思ってた)、 他のクラスメイトもそんな感じだった。

知念は、別にそんなこと気にしていないようだった。

いつだって無表情で、無理して笑うと不気味だから、それでいいとわたしは思っていた。

知念の笑顔は本当に不気味だったから。そう思っていたから。

あの時、あの知念の表情を見るまでは。

後から知ったことだけど、あの不気味な笑顔は、平古場くんの命令で、無理して笑っていたからあんな顔になっていたそうだ。

わたしと平古場くんが喋っている時、知念の表情は固まっていた。

時々、気を遣って話しかけてみても、あーとかうーとかしか返ってこなかった。

ふらーって言われて、知念は平古場くんに蹴られたりしてた。

で、わたしのいないところで言われたんだって。

「やーもっと笑え」

・・・それで言うことを聞く知念もどうかしてるし、あの笑顔を黙認していた平古場くんもどうかしてる。

だいたい、知念は、わたしと平古場くんが楽しそうに会話しているのが気に入らなくて、あんな顔をしていたんだし。

知念が何を考えているかは皆目見当がつかなかったけれど、どうもわたしのことは嫌いなようだということはわかった。

「あのさぁ、知念はわたしのこと、嫌いでしょう」

面倒臭いので、ある時、直接聞いてみた。

「あいー・・・いやー・・・そんなことは・・・」

「わたし、平古場くんをとったりしないから、安心してよ」

これは本当に冗談のつもりだったのだ。

そしたら、みるみる知念の顔が赤くなって、わたしはものすごく慌てた。

「何何?どうしたの?知念?わたし、もしかして、大変なことを言ってしまった・・・?」

「・・・・・・・・・、いつから気付いていたさー」

知念がぼそっと言った。

気付いてなんかいなかった。

今、知ってしまったんだ。

「知念・・・・・・」

「平古場には絶対内緒やっし」

知念は長い指でしーってやった。

「知念、平古場くんのこと、好きなの?」

そうはっきりと聞いたら、知念は顔を赤くしたままこっくりと頷いた。

そんなに素直に認められても、こっちはどうしたらいいかわからない。

「平古場の・・・どんなとこが好きなの?」

男だよ?って言いそうになったけど、ぐっとこらえた。

きっと知念はそんなこと百も承知だ。

何度も何度も自問自答したに違いない。

それくらいは、わたしにだってわかる。

知念はわたしを見て、微笑んだ。

初めて見せてくれた自然な笑顔だった。

あらー、知念ってこんな顔ができるんだ、って思った。

それから、知念は、平古場くんのことを、知念が知っている平古場くんのことを、わたしに色々話してくれた。

そして、平古場くんのことを喋る知念は、とても優しい笑顔をしていた。

こっちまで一緒に笑顔になってしまうくらい。

でも、もちろん、知念は、平古場くんに自分の気持ちを伝えるわけでもなく、 また、知念の気持ちが通じるわけもなく、やっぱり普段の知念の表情は、暗く翳っていることの方が多かったけれど。









続くかな

モドル